外科的矯正治療のプロセス2
5.術前矯正治療
治療方針が決定した後、抜歯やウ蝕、歯周処置等の一般歯科診療を行い、その後術前矯正治療を開始します。顎変形症では、顎骨の位置や形態を補償するように歯の傾斜や位置異常および咬合異常を起こしている場合があり、これを歯牙的補償と言います。例えば骨格性下顎前突(受け口)では上顎前歯の唇側傾斜と下顎前歯の舌側傾斜、下顎後退症(出っ歯)では下顎前歯の唇側傾斜と挺出などが認められます。このような歯牙の傾斜や顎骨内での位置異常をそのままにして手術を行い、顎骨の不正を改善しようとしても、手術後に校合の安定が得られず、また上下顎骨の移動が歯牙により制限を受け、十分満足な結果は得られないことになります。従って、この歯牙的補償を除去し、歯牙を上下顎それぞれの顎骨内での正常な位置に移動させる事を目標として顎矯正治療を行う必要があり、これを術前矯正治療といいます。
具体的には以下のことを術前矯正治療で行うことになります。
1)レベリング(叢歯の凸凹の除去)
個々の歯の位置不正を修正し、歯並びの凸凹を改善します。
2)スペースの処理
抜歯空隙を閉鎖したり、歯を補うためのスペースの確保などを行います。
3)トルクコントロール
歯根の傾きを調整し、歯槽骨内での歯根の位置を修正します。
4)上下歯列のアーチコーディネーション
歯列の拡大や縮小を行い上下歯列の幅径を揃え、上下の歯列弓を調和させます。
5)咬頭干渉(異常な歯の当たり方)の除去
術前矯正の最終段階では、口腔内で手術後の顎関係を想定して咬合状態を検討することは不可能なので、来院ごとに口腔内模型を作製し、模型上で手術後の咬合状態をチェックします。模型を手術後予測される位置で咬合させ、咬頭干渉がなく安定した咬頭嵌合が得られる状態にします。
6.手術準備と手術計画
術前矯正治療がほぼ終了した時点で再び診断資料の採得を行ないます。レントゲン写真や、模型を用いて骨片移動量と移動方向および回転量を予測し、外科的予測図の作製と、模型上での模擬手術を行います。その上で口腔外科医と矯正歯科医が検討して最終的な手術計画を立案します。
決定された手術計画に基づいて手術中に上下の顎の位置関係を決定する顎間固定用スプリントを作成します。そして手術直前に矯正装置のワイヤーに手術後、上下の顎を固定するためのフックを付け、術前準備が完了します。
7.顎矯正手術
手術は経鼻気管内挿管による全身麻酔下に、全て口腔粘膜の切開部から顎骨の骨切り術を行ないます。骨切り術はその部位により下顎枝、下顎骨体部、オトガイ部、上顎骨、歯槽部の骨切りに大別されますが、症例に応じて各手術法が単独あるいは組み合わせて施行されます。手術計画に従って骨片を移動させた後、顎間固定用スプリントを装着して顎間固定を行い、チタン製ミニプレートや、ネジなどを症例に応じて選択し骨片を固定する。手術時の出血量は、下顎骨単独の手術の場合には300ml程度で輸血の必要を認めません。上下顎移動術の場合には600ml程度で通常は輸血の必要を認めませんが、時に出血量が多くなる場合もあるので、できれば自己血輸血の準備をしておくようにします。
手術後は、2〜4週間の顎間固定(図4)を行い、その後開口訓練と顎間ゴムによる下顎の誘導を行ないます。
入院期間は通常2〜4週間で、通常の食事摂取が可能となった時点で退院し、通院で開口訓練を続けることになります。
図4 顎間固定中の口腔内
7.術後矯正治療
顎矯正手術によって移動させた顎位を維持し、咬合状態をさらに安定させることを目的として顎間固定解除後に行われる矯正治療のことを言います。術後矯正治療の目的
1)骨切り部の安静と移動骨片の安定
2)顎位の維持と顎関節の正しい動きの獲得
3)咬頭嵌合の緊密化
4)前歯部の正しい被蓋関係の維持
5)早期接触、咬頭干渉の除去
6)手術で生じた歯列弓の不連続性や残存する空隙の処置
7)形態変化に対する筋組織や口腔周囲軟組織の順応性の向上
8.保定
保定とは従来、矯正治療によって移動させられた歯および顎が後戻りするのを防止、あるいは抑制し、治療によって改善した咬合をそのままの状態に保持することとされてきました。 しかし、保定期間中にも咬合は変化しており、むしろこの期間は、咀嚼などの自然的な要因による微細な咬合調整によって、咀嚼面積が増大し、矯正治療により確立された咬合位に対する咀嚼運動などの生理的順応が行われる期間と考えられます。保定期間中に咀嚼能率は治療前に比べて著しく向上し咬合が咀嚼器官の一つとして十分な機能を果たすようになるのです。特に形態的な変化が大きい外科的矯正治療を行った症例では、通常の矯正治療を行った症例よりも生理学的な順応が難しいと考えられることから、この保定期間が非常に重要でより長い期間が必要と思われます。
また、当クリニックでは生理的順応を促進し、形態的に整えられた新しい咬合が機能的にも優れたものとなるよう保定開始時に咀嚼指導を行っています。
咀嚼指導の要点として以下のことが挙げられます。
1)前歯で食物をかみ切る習慣を着け、習慣性咀嚼側だけでなく反対側でも良く咬んで食べるようにすること。
2)柔らかいものをよく食べていた食事習慣を改め、繊維性の物(根菜類など)や歯ごたえのある物を良く咲んで食べるようにすること。
3)食事中(口の中に食べ物がある時)にお茶や ジュースを飲んだり、みそ汁などの汁物を食べるのをできるだけ避けること(良く暖んで食べると、唾液が十分に分泌されるので飲み物などは必要ない)。
以上のような経過で外科的矯正治療は行われますが、一般の歯科治療や矯正治療に比べ多くの人の協力が必要で、治療の成功にはその人々の意志の疎通と各ステップの進行状況の管理が非常に重要です。そうした中で、矯正歯科医は治療の最初から関係し全体の治療期間の中で多くの時間を担当する事から、治療全体の把握や患者とのコミニュケーションが容易な立場にあります。
そこで私は、矯正歯科医は術前後の矯正治療を担当するだけではなく、治療全体の進行を管理、調整する、いわゆる外科的矯正治療コーディネーターの役割を担う必要があると考えています
提供;樋口矯正歯科クリニック
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